ある製造業のA社(従業員20名)では、創業社長が体調を崩し、数ヶ月間入院を余儀なくされました。幸い回復されましたが、その間、取引先との交渉や資金繰りの判断ができる人材が社内におらず、事業運営が大きく停滞しました。もし社長に万が一のことがあれば、事業継続すら危うかったかもしれません。
別の例として、建設業のB社では、専務であった後継者候補が急逝したことで、金融機関からの借入継続に不安の声が上がり、取引条件の見直しを迫られました。こうしたケースは、決して珍しいものではありません。中小企業の多くは、経営者やキーパーソン個人の信用・能力に事業が大きく依存しており、そのリスクにどう備えるかは経営上の重要な課題です。
法人保険は、こうしたリスクへの備えであると同時に、退職金の準備や税務上の取り扱い(損金算入)といった側面からも、多くの経営者が活用を検討している手段です。一方で、「損金術」という言葉には誤解も多く、正しい理解なしに活用すると思わぬリスクを招くこともあります。本記事では、法人保険の必要性と、損金に関する基本的な考え方、そして近年の制度動向、中小企業経営者が取るべき行動について解説します。
法人保険はなぜ必要とされるのか
法人にとってのリスクは、個人とは異なる特有のものがあります。経営者自身に万が一のことがあった場合、事業の継続そのものが脅かされる可能性があります。法人保険は、主に以下のような役割を果たします。
- 事業保障資金の確保:経営者が死亡・重度障害などで指揮を執れなくなった場合の運転資金、借入金の返済原資、取引先への支払いなどに備える
- 勇退退職金の準備:保険料の支払いを通じて計画的に資金を積み立て、退職のタイミングで解約返戻金を退職金の原資として活用する
- 福利厚生の充実:従業員向けの団体保険により、弔慰金や見舞金の原資を確保し、従業員が安心して働ける環境をつくる
先述のA社のケースでも、もし事業保障のための法人保険に加入していれば、社長不在期間の資金繰りに余裕が生まれ、代行者を雇う原資にもできたはずです。B社のように後継者候補を失った場合も、死亡保険金があれば、急な借入返済や後任探しの人件費に充てることができ、金融機関への説明材料にもなります。このように、法人保険は「万が一」を経営の継続力に変える手段といえます。
「損金」とは何か:基本的な考え方
法人保険を語る上で欠かせないのが「損金」という概念です。損金とは、法人税法上、所得の計算において収益から差し引くことができる費用のことを指します。保険料が損金として認められれば、その分だけ法人の課税所得が圧縮され、結果として法人税の負担が軽減される効果があります。
具体例で考えてみましょう。年間利益が1,000万円の法人が、年間200万円の保険料を支払ったとします。
- 保険料が全額損金算入できる場合:課税所得は1,000万円から200万円を差し引いた800万円になります
- 保険料の半分(2分の一)しか損金算入できない場合:課税所得は1,000万円から100万円のみを差し引いた900万円になります
- 保険料が資産計上となる場合:課税所得の圧縮効果はなく、支払った保険料は「資産」として法人のバランスシートに計上されるだけになります
このように、同じ保険料を支払っていても、損金算入できる割合によって、その年の税負担は大きく変わってきます。そして、この割合は保険の種類や契約形態、解約返戻金の水準などによって異なり、国税庁の通達や税制改正によって定められています。
2019年の制度改正がもたらした変化
かつては、解約返戻金の返戻率が高い「逓増定期保険」や「長期平準定期保険」などを活用し、保険料の多くを損金として計上しながら、将来的に解約返戻金を受け取るという手法が広く行われていました。これがいわゆる「損金術」として注目された背景です。
しかし、2019年の税制改正により、この取り扱いは大きく見直されました。
- 最高解約返戻率が50%以下であれば、保険料の全額損金算入が可能
- 最高解約返戻率が50%を超える商品については、返戻率の水準に応じて資産計上すべき割合が定められ、一定期間は損金算入が制限される
- 返戻率が高くなるほど、資産計上の割合も高くなる設計
この改正により、「保険料を支払うだけで大きな節税効果が得られる」という以前のような単純な活用法は難しくなりました。現在は、保険本来の目的である保障機能や資金準備機能を重視した上で、結果として一定の税務上のメリットを享受するという考え方が主流になっています。
「損金術」という言葉との向き合い方
近年、SNSや一部の保険営業の場で「損金術」という言葉が独り歩きし、あたかも合法的な節税の裏技であるかのように語られることがあります。しかし、税務上の取り扱いは法令や通達に基づいて厳密に定められており、無理な運用や実態を伴わない契約は、税務調査で否認されるリスクを伴います。
法人保険を検討する際に押さえておきたいポイントは以下の通りです。
- 「節税効果がどれだけあるか」だけでなく「自社にとって本当に必要な保障は何か」を明確にする
- 「解約返戻金をいつ、何のために使うのか」という出口戦略をあらかじめ考えておく
- 顧問税理士や保険の専門家と相談しながら、自社の財務状況や事業計画に合った保険設計を行う
中小企業経営者が取るべき具体的な行動ステップ
法人保険を検討する際、何から手をつければよいか迷う経営者も多いはずです。以下のステップで進めると、無理のない検討ができます。
- 自社のリスクを洗い出す:経営者本人やキーパーソンが欠けた場合、事業継続にどの程度の資金(運転資金・借入返済・後任採用コストなど)が必要になるかを試算する
- 退職金の準備状況を確認する:役員退職金規程の有無、想定支給額、現状の準備資金とのギャップを把握する
- 既存の保険契約を棚卸しする:加入済みの法人保険があれば、保障内容・解約返戻率・損金算入割合を改めて確認する
- 顧問税理士に相談する:新規加入や見直しを検討する際は、必ず事前に税務上の取り扱いを確認し、実態に即した契約かどうかをチェックする
- 複数の保険会社・商品を比較する:保障内容や解約返戻率は商品ごとに異なるため、1社の提案だけで判断せず、複数の選択肢を比較検討する
まとめ:法人保険は「保障」と「計画性」がカギ
法人保険は、経営者に何かあった際の事業継続資金、退職金の準備、従業員の福利厚生など、法人経営に欠かせない役割を担っています。損金算入というメリットは確かに存在しますが、2019年の税制改正以降、その取り扱いはより厳格かつ複雑になっており、単純な節税手法として捉えることはできません。
大切なのは、税務上の扱いを正しく理解した上で、自社の経営課題に合った保険設計を行うことです。安易な「損金術」という言葉に惑わされず、専門家とともに長期的な視点で保険を活用していくことが、結果として企業の安定的な成長につながるでしょう。
※本記事は一般的な制度説明を目的としたものであり、個別の税務判断については税理士等の専門家にご確認ください。


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